配信日時 2018/09/24 20:00

【戦う組織のリーダーシップ ─今に生きる海軍先輩の教え─(6)】「リーダーに求められる3つの顔『象徴』『決裁者』『先輩』(2)」 堂下哲郎(元海将)

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【戦う組織のリーダーシップ
  ─今に生きる海軍先輩の教え─(6)】

「リーダーに求められる3つの顔『象徴』『決裁者』『先輩』(2)」

堂下哲郎(元海将)
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■お知らせ

2017年10月から2018年3月まで全19回連載しましたメルマガ
『戦う組織の意思決定入門』が、このたび、内容を大幅に加筆し、
図表40点以上、用語集を含む8つの付録を加えて『作戦司令部の
意思決定―米軍「統合ドクトリン」で勝利する』と題し単行本と
して出版することになりました。

「イラク戦争」と「フォークランド戦争」を例に、作戦計画がい
かに立案され実行されるか、そのための作戦司令部のありかた、
指揮官の正しい意思決定のための工夫など詳しく解説しました。
もちろん、「統合ドクトリン」「ウォーゲーム」「バトルリズム」
「レッドチーム」などの最新の手法も盛り込んでいます。

軍事作戦の見方だけでなくビジネスの観点からも「不確実性との
戦い」を制する生産性の高いスタッフ組織作りに役立つ内容です。

 類書のない本です。ぜひ手にとって作戦司令部の世界に触れて
いただきたいと思います。

http://okigunnji.com/url/348/


□南シナ海での潜水艦訓練
 
 17日、海上自衛隊は南シナ海で潜水艦戦闘を想定した訓練を行
なったことを発表しました。今回は潜水艦「くろしお」が参加し
たことを明らかにしていますが、訓練後にベトナム・カムラン国
際港に寄港したことから秘匿する必要はなかったものと思われま
す。ベトナムとの間では、本年4月に「防衛関係に関する日ベト
ナム共同ビジョン」を署名していますから南シナ海沿岸の友好国
として今後とも交流が深化するものと思われます。

また、安倍首相は同日夜のテレビ番組で、海自の南シナ海での潜
水艦訓練について、「実は15年前から行なっている。昨年も一昨
年も行なっている」と説明しました。訓練現場での中国の反応は
報道されていませんので、少なくとも問題となるような反応はな
かったと推測されますし、中国外務省のコメントも報道されてい
る限りではいつもの常套句を使った抑制的なものでした。

このような海域での活動は、南シナ海で実効支配を強める中国の
動きなどをにらんだもので、日米共同で広くアジア太平洋地域に
おけるISR(情報収集・警戒監視・偵察)活動を強化することは、
2002年以降積み重ねてきた日米同盟強化の大きな方向性でもあり
ます。今後はこのような活動がさらに活発化し、日米共同、国際
連携の色合いを濃くしていくものと思われます。
 
さて、前回はリーダーシップの「3つの役割」である「象徴」
「決裁者」「先輩」のうち、「象徴」の役割を果たす上での「風
貌」と「表情」について述べました。今回は「挙措」と「言葉」
について海軍でのエピソードを紐解いてみたいと思います。

▼形で終わらない「挙措(きょそ)」

 リーダーの「挙措」(立ち居振る舞い)もまた、部下を感化し
うる重要なものです。特に組織が大きくなり、リーダーの風貌や
表情に間近に接する機会がない多くの部下にとっては、離れたと
ころから見るその「挙措」や伝え聞く人となりなどが大きな意味
を持つものだと思います。

リーダーというものは、副官や幕僚等のお膳立てに従って動いて、
動作、振る舞いが堂々としておればなんとか務まると考える向き
があるかもしれませんが、それだけでは部下を感化することは難
しいでしょう。

 服装、態度の端正さ、特にその答礼(相手の敬礼に応えて敬礼
を返すこと)の厳正なことで知られていたのは山本五十六です。
前線基地で出撃していく部下を送るその態度と答礼は真心のこも
ったもので、部下将兵に対する何よりの激励になったといわれて
います。吉田俊雄(海兵59期)は『四人の連合艦隊司令長官』で
次のように述べています。

 暑いトラック基地で、みな軽装の、緑っぽい防暑服を着ている
 のに、かれだけは白服(二種軍装)の襟を正して、上甲板に立
 ち、戦場に出てゆく艦船をかならず帽子を振って見送った。
 ラバウルに進出したときには、現地の海軍病院を見舞い、入院
 中の下士官や兵たちを激励してまわったりした。
 そのようなことは、ほかのどの連合艦隊長官もしなかった。山
 本長官だけのことだった。かれは、最高指揮官として必勝の策
 を練りながら、いつも部下将兵とともに戦う姿勢を崩さなかっ
 た。
 人の情は、そのまま、まっすぐに人の心を射る。山本のことを、
 兵士たちまでが、
「ウチの長官」
 と敬意と親愛の情をこめて呼び、
「ウチの長官がおられるかぎり、いくさは大丈夫だ。かならず勝つ」
 と信じて疑わなかった。

 「上、三年にして下を知り、下、三日にして上を知る」という
言葉がありますが、リーダーの真情や実力というものは意外に早
く部下に知れてしまうものです。「戦う組織」においては自らの
命運を託すことになるリーダーの能力を見極めようとするのは部
下の本能のようなものかもしれません。この前線基地でのエピソ
ードは、若き日から常に率先垂範し、部下とともにある私心のな
い山本の真情が、平素から部下に感得されていたからこそ生きた
「感化力」だったといえます。「形」に終わらない「挙措」の力
を見る思いがします。

▼「Z旗」と「連合艦隊解散の辞」

 リーダーが「象徴」として発する「言葉」の果たす働きも大き
なものです。ここでいう「言葉」とは、命令のように行動を具体
的に指示するようなものではなく、あくまでも短い文章や標語の
ような形でリーダーの決意や考え方を組織に対して示すものをい
います。リーダーは「象徴」としての役割を果たすため、その発
する「言葉」によって部下の気持ちをまとめ上げ組織を方向づけ
るわけです。

このような「言葉」として最も有名なのは、日本海海戦(1905年)
で東郷平八郎連合艦隊司令長官が戦艦「三笠」のマストに掲げた
「Z旗」でしょう。これは「皇国の興廃この一戦にあり。各員一
層奮励努力せよ」を、万国信号書で空きになっていた「Z」に当
てたものでした。この「Z旗」は、同海戦で大勝を得たため、国
民の間にも親しまれることとなり、太平洋戦争においても「Z旗」
はハワイ、マリアナ、レイテ各海戦で掲げられました。
 
 もう一つの例としては、日露戦争に勝利し連合艦隊を解散する
際の東郷長官の「連合艦隊解散の辞」がありますが、その中の
「勝って兜の緒を締めよ」という結びの「言葉」も広く知られて
います。この言葉は、平時における海軍軍人の心構えを説いたも
ので、当時の米大統領セオドア・ルーズベルトをも深く感動させ、
彼は英訳文を陸海軍長官に命じて米軍人に配布したほどでした。

▼「連合艦隊解散の辞」:批判

この「解散の辞」は、後々まで日本海軍の軍人思想に影響したと
ころが大きかったのですが、その中に出てくる「百発百中の一砲、
よく百発一中の敵砲百門に対抗しうるを覚らば、我ら軍人は主と
して武力を形而上(無形のもの)に求めざるべからず(求めなけ
ればならない)」の部分の前段部分は非論理的であり後段部分は
精神論ではないかとの批判もありました。

山本権兵衛海軍大臣は、「戦争というものは、第一に精密な数字
上の作戦にもとづかなければならない。天佑と精神のみで勝てる
という印象をあたえては、将来の国防をあやまるかもしれない」
として、秋山真之参謀が起案した「美文」を喜ばなかったといわ
れています。

数年を経ずして、海軍内で東郷元帥は「生き神様」のごとく考え
られるようになり、その訓示はあたかも神聖にして侵すべからざ
る聖典のように崇められたといいます。毎年の海軍記念日(5月
27日、日本海海戦の戦勝を記念)には、海軍の各学校で「解散の
辞」を読み上げ精神教育をしたことなどが伝わっています。

実松譲(海兵51期)は『海軍を斬る』において、「こうした権兵
衛大臣の慧眼(けいがん、本質を見抜く優れた眼力)、よく将来
を洞察して戒めたにもかかわらず、(中略)時の経過とともに、
精神至上主義のほうに傾斜してきたように思われる。大胆な推測
を許されるならば、明治末期から徐々に、そして大正時代となる
や、ようやく精神至上主義が兆しだし、さらに昭和になって定着
するにいたった、といえないだろうか。」と述べています。

▼「訓練に制限なし」:言葉のひとり歩き

 「解散の辞」が精神至上主義に影響したように、「言葉」とい
うものは時間の経過の中で当初の意味合いやその背景となった状
況が忘れ去られて「ひとり歩き」することがあります。

1922年のワシントン海軍軍縮条約によって、英米日の主力艦保有
量の比率は、5:5:3に制限されましたが、東郷元帥は「訓練
に制限なし」といって、条約に不満を持っている士官たちを諭し
たといわれます。そして、その後の日本海軍は、ひたすら猛訓練
に励んでゆくのですが、1929年のロンドン海軍軍縮条約(補助艦
艇などの保有を制限)によってその傾向にさらに拍車がかかりま
した。

この軍縮条約による兵力不足を補うため、日本海軍では「全艦こ
れ戦闘」とばかりに安定性を犠牲した重武装の艦艇が建造されま
したが、昭和に入って友鶴事件(1934年)や第四艦隊事件(193
5年)という復元(復原)性能や強度の不足による海難事件の発生
という形でその欠陥が露呈してしまいました。

 実松護は、この頃のことを次のように語っています。

「日本海軍部内にも、明治維新以来わずか6,70年にして世界第
三位の海軍にのしあがったという慢心が、次第に瀰漫(びまん、
広がりはびこること)してきていた。(中略)そのころから部内
の者までも、『無敵艦隊』ということばを平気で口にするように
なってきた。(中略)わが海軍、とくに連合艦隊は、なまじっか
米国を敵に仕立てているうちに、真の敵であるように思いこみ、
そのうえ、三国同盟の締結時ごろから、海軍部内でもプロ・ドイ
ツ(ドイツびいき)論者が幅をきかせるようになり、『連合艦隊
は世界無敵、米国恐るるに足らず』などという威勢のいいことを
宣伝し、そう信じた多くの国民もそれにおどらされた」

一方で、こうした「言葉」のひとり歩きを憂慮していた人々もお
り、山本五十六の親友であった堀悌吉(海兵32期)は、スペイン
の無敵艦隊はイギリス海軍に敗北したではないかとして、「無敵
艦隊」という言葉をひどくきらい、海軍の将来を心配したそうで
す。また彼は、「訓練に制限なし」も各国共通のことであり、日
本海軍だけが猛訓練で兵力の劣勢を補おう、補える、という考え
は敵を知らず、敵を侮る慢心の兆しではないかという趣旨のこと
を書き残しています。

部下を鼓舞し組織を引っ張ろうという「象徴」たるリーダーの
「言葉」は重要です。しかし、その「言葉」は往々にして直截
(ちょくせつ)的な標語となりがちで、時として「言葉」が発せ
られた時の状況や本来の意味を離れて「ひとり歩き」することが
あります。これはここで見たような国の大事にかかわることだけ
でなく、普段の仕事の中にもその可能性は潜んでいます。

たとえば、社内業務の効率化のためのトップの「会議削減!」と
いう号令が拡大解釈されて、必要な社外との意思疎通まで抑制さ
れてしまう。これは懸命に取り組むあまり本来の目的を忘れ、手
段がいつの間にか目的にすり替わってかえって状況を悪くする
「手段の目的化」といわれる現象です。仕事に熱心であればある
ほど陥りがちな罠ともいえます。これはひとつの例ですが、この
ような「言葉」の力に対する「畏れ」は常に忘れてはならないと
思います。



(つづく)

(どうした・てつろう)


 
【著者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学公共政策論修士、
防衛研究所一般課程修了。護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、
護衛艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等として海上勤務。陸
上勤務として内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)出向、米中
央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長(初代)、幹部候
補生学校長、防衛監察本部監察官、自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴
地方総監、横須賀地方総監等を経て2016年退官(海将)。

 
 
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