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裏切りのスパイ戦(2)
「GRU元大佐暗殺未遂事件の続報」
山中祥三(インテリジェンス研究家)
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□はじめに
先回のメルマガでは、2018年3月4日、ロンドンから南西
約130kmにあるソールズベリーでロシア連邦軍参謀本部情報
総局(GRU)の元大佐セルゲイ・スクリパリとその長女ユリア
の神経剤(ノビチョク)による暗殺未遂の事件と7月に同種の神
経剤で女性一人が亡くなった事件を取り上げた。そのメルマガの
原稿は、8月末までの情報に基づき行なった分析である。
しかしその後、9月5日、イギリスのメイ首相は、ソールズベリ
ーで3月に起きたロシアのGRU元大佐暗殺未遂の容疑者は、ロ
シア国籍のGRUの将校2人であると公表した。
「裏切りのスパイ戦」は月1回の配信を考えていたが、一連の事
件について新たな事実関係がわかってきたので、今回はタイムリ
ー性を優先し、早めに出すことにした。前回以降に判明した事項
をもとに新たな分析を披露することとしたい。
▼イギリス・メイ首相による犯人の公表
メイ首相は9月5日ソールズベリー事件に関する議会声明を発表
した。それによれば、3月の時点でロシア政府が本事件に関係し
ていたとイギリス政府が結論に至った理由を下院に提出したが、
その後さらに十分な捜査を実施してきた。約250人の捜査員を
費やし、1万1000時間以上の防犯カメラの映像と1400以
上の証言を調べた。その結果、2人のロシア国民が事件を起こし、
それを告発するのに十分な証拠を得られたとしている。
▼セルゲイ・スクリパリ暗殺未遂の容疑者の行動
セルゲイ・スクリパリとその娘を毒殺しようとしたのは、ロシ
ア国籍のアレクサンドル・ペトロフとルスラン・ボシロフの両容
疑者だが、捜査当局はそれらを偽名だとみており、本名は不明で
ある。議会声明と報道によれば両容疑者の行動は次のとおり。
3月2日(金)
〇15:00 モスクワ発SU2588便でガトウィック空港
(ロンドンから約50km南)に到着。
〇ガトウィック駅から列車でロンドン市内ビクトリア駅へ行き
(30~50分)地下鉄でウォータールー駅に行き、ロンドン東
部のボウロードにあるシティステイホテルに宿泊(2、3日の
二泊)。
(捜査当局は5月4日に2人の宿泊した部屋から人体に影響ない
程度の微量のノビチョクの痕跡を発見)
3月3日(土)
〇14:25 ソールズベリー着。ソールズベリー地区で偵察活動。
〇16:10 ソールズベリー発。
3月4日(日)
〇08:05 ボウ駅からウォータールー駅へ地下鉄で移動。
列車でスクリパリの自宅のあるソールズベリーへ移動。
【09:00 スクリパリら墓地へ】
〇11:58 スクリパリの自宅の近くにいる2人の映像あり。
【12:00~13:00の間 スクリパリらは、いったん帰宅
したと考えられる】(容疑者らはその前に住居のドアノブにノビ
チョクを塗布か)
〇13:00頃 ソールズベリーのフィッシャートンロードを徒
歩で移動中の2人の映像あり。
【13:40 スクリパリらパブへ】
【15:35 スクリパリら公園で意識不明で発見される】
〇16:45 ウォータールー駅に到着。
〇18:30 ウォータールー駅から地下鉄でロンドン西部の
ヒースロー空港に到着。
〇22:30 SU2585便でモスクワへ出発。
これら容疑者の行動とスクリパリとその娘の行動(上記【 】内)
を重ねてみると、スクリパリの妻と息子の墓参後、帰宅した際
(12:00~13:00)にノビチョクが塗布されたドアノブ
にスクリパリが触れたと考えられる。容疑者らは、それを確認し
たあと、その場を立ち去ったと考えられる。また、容疑者らの塗
布の時間などの適切なタイミングを考えると、スクリパリの日頃
の行動を監視し、とくに娘との墓参りの時の行動、神経剤の効果
などを連絡する協力者がいたことも推測される。
その他、声明などにより判明した事項は、スクリパリに対する攻
撃と6月末のエイムズベリーの事件とは関係性があり、まったく
同じ神経剤(exact same chemical nerve agent)が使用されてい
たことが確認されている。
しかし、エイムズベリーの被害者ドーン・スタージェスとチャー
リー・ロウリーが故意に標的にされたかもしれないという証拠は
ない。むしろ容疑者たちが神経剤を無謀に処分したことによる犠
牲者だったとされている。
エイムズベリーの事件では6月27日にロウリーが慈善用ごみ箱
(charity bin)に入っているビンとアプリケーターを拾い、2つ
を一緒にしようとして中身に触れてしまったがすぐに手を洗った。
パートナーのスタージェスは、それを香水と思い込み両手首に擦
り付けたため15分以内には体調が悪くなった。
警察は声明発表の日に、ロウリーの自宅で発見されたノビチョク
入りの香水の小瓶と箱の細部を公表したが、それは、ニナ・リッ
チプルミエジュールの5.5ml入りスプレーのサンプルモデルを
偽造したものだった。ボトルは、スプレー部分に細長いチューブ
が付けられていて、神経剤をイギリスに密輸するのをごまかすの
と安全確実にドアノブに付着させるために改造されたものだった。
ノビチョクは、1980年代にコードネーム「FORIANT」
計画としてソ連で開発された。ロシアは化学兵器禁止条約に署名
してからもずっと、これらの剤を少しずつ生産し備蓄してきた。
そして、2000年代ドアノブへの付着要領を含む運搬手段など
の試験を開始した。警察と情報機関は、2人の容疑者は、ロシア
の軍事情報機関の将校だと結論づけた。
▼ロシアの主要なインテリジェンス機関と外交官
現在のロシアの主要なインテリジェンス機関は、ソ連国家保安委
員会(KGB)から分離・発展した連邦保安庁(FSB)、海外
でのインテリジェンス活動を行なう対外諜報庁(SVR)、およ
び今回の事件の容疑者が所属する軍の情報機関である参謀本部情
報総局(GRU)がある。
KGBは、1954年からソ連崩壊(1991年)まで存在した
ソ連の情報機関・秘密警察であり、軍の監視や国境警備も担当し
ていた。KGBの主な役割は、いわばソ連共産党を守る「盾」で
あり、マルクス共産主義をもとに、世界革命を起こす「剣」でも
あった。そのため、連邦内の反共産主義者は、反政府分子として
排除され、国外では共産主義革命の敵である資本主義国家に対し
て破壊工作を行なってきた。
元イギリスの二重スパイだったオレグ・ペンコフスキー『寝返っ
たソ連軍情報部大佐の遺書』よれば、ソ連時代の話ではあるが、
ソ連の大使館の大部分はKGBとGRUの要員であるとしている。
一部に純粋に儀典や通信などの専門家もいるが、いずれどちらか
の要員に取り込まれていくため、実質的には全員が情報員だとい
っても過言ではない。現在もその構図を変える理由は見当たらず
状況に変化がないのではないかと思う。
▼連邦保安庁(FSB)の活動
FSBはKGBにあった複数の総局や局の集合であり、いくつか
はいったん独立したものの、FSBの傘下に戻った組織もある。
FSBは、連邦国内の治安を主に担当する保安機関および情報機
関である。大統領直属であり、主要な任務はカウンターインテリ
ジェンスと犯罪対策である。連邦保安に必要な範囲でSVRなど
と協力して外国からも情報を得る。
FSBに所属する特殊部隊は「アルファ」と「ヴィンペル」部隊
として有名である。「アルファ」はもともとKGB議長直属の少
数精鋭部隊として創設され、ソ連崩壊後は警護総局の下に置かれ、
その後FSBに移管された。たとえば2002年のモスクワの
ドゥブロフカ劇場人質事件、2004年のベスラン小学校人質事
件(ヴィンペルも参加)などで作戦を遂行した。
2006年にポロニュウムで殺害されたアレクサンダー・リトビ
ネンコもKGBを経てFSBの中佐だった。1985年にイギリ
スに亡命し、のちにエリザベス女王から勲章を授与され2007
年に殺害されそうになったオレグ・ゴルディエアスキーも、KG
Bの要員であった。
▼軍参謀本部情報総局(GRU)の活動
KGBや実質的にその後継組織であるFSBほど一般的には有名
ではないが、ソ連軍の情報機関であったGRUは、名称も変わら
ずほぼそのままロシア連邦に引き継がれている。GRUはロシア
連邦軍参謀本部の指揮下に置かれ大統領直属ではない。KGBが
解体されたことにより、GURはロシア最大の情報機関とされて
おり、2万5000名からなる特殊部隊(スペツナッズと総称さ
れる)も隷下に置き、多くの特殊・秘密工作にも関与していると
見られる。
GRUの内部について体系的に知られていることは少ないが、広
範なサイバー戦能力、電波情報収集能力も有するようである。G
RUの収集した情報を基に軍事戦略・戦術が策定されており、軍
事・安全保障面で果たす役割は大きいとされる。
ソールズベリーで3月に起きたGRU元大佐の暗殺未遂の容疑者
は、GRUの将校2人だったとされる。FSBも海外における同
様の作戦を遂行できる能力は有していると考えられるが、身内の
裏切りは身内で処置するということだろう。
ちなみに、GRUは日本においても継続的に活動している。
2000年9月、防衛庁防衛研究所(当時)所属の3等海佐が在
日ロシア大使館の海軍武官に秘密を漏洩したとして逮捕される事
件が発生したが、海軍武官はGRUに所属するビクトル・ボガチ
ョンコフ(大佐)であり、その工作活動であったことが判明して
いる。
2015年12月4日、陸上自衛隊の元東部方面総監が、在日ロ
シア大使館で勤務していたセルゲイ・コワリョフ元駐在武官に自
衛隊内部の冊子「教範」を渡した(2013年5月)として、警視庁公
安部は自衛隊法(守秘義務)違反の教唆容疑で2人を書類送検し
た。しかし、コワリョフ元武官は教範を手に入れて間もなく帰国
した。外交ルートを通じた出頭要請にもロシア側は応じず、聴取
は一度もできなかった。
コワリョフ元武官はGRUの所属とされ、1996年~2013
年までの間、通算9年間日本で勤務していた。2015年10月
には、ロシアで『自衛隊』という題名の著作を発表し自衛隊の組
織や装備のほか、日本の防衛産業の現状などを詳しく紹介してい
る。
▼事件に対するイギリスなどの対応
この事件に対し、イギリスは事件発生から10日後の3月14日
に23人の「ロシアの無申告の情報将校として特定された
(identified as undeclared Russian intelligence officers)」
外交官の追放を決定した。2006年にアレクサンドル・リトビ
ネンコが毒殺された時は、リトビネンコの死後約7か月後にロシ
アの外交官4人を追放したのに比べれば極めて迅速で厳しい対応
である。
さらに、他のNATO加盟国を中心に計28か国およびNATO
のロシア代表部も同様の処置をとり、合計150人以上の外交官
を追放した。アメリカでは今回の措置では最大の60人の外交官
を追放し、シアトルのロシア領事館の閉鎖も求めている。シアト
ルは、軍用機やミサイルなどを製造するボーイング社の拠点でも
あり、同領事館は、米海軍の原子力潜水艦の基地に隣接するなど
アメリカにとって軍事上極めて重要な場所である。
これに対抗してロシア側も自国から同数の外交官を追放している。
前述のようにロシアの外交官は、ほとんどがFSBかGRUのど
ちらかに属していると考えられ、NATO諸国はこの際、ロシア
のスパイ網を解体しその能力を低下させようとしたのである。ま
た、他のNATO諸国が同調したのは、ロシアがNATO加盟国
であるイギリスにおいて兵器レベルの化学剤を使用したことに対
するいわば集団防衛措置ともいえる。NATO諸国は、ロシアが
2014年のクリミア半島併合におけるエージェントの活動、サ
イバーによる情報窃取や選挙妨害など、軍事と非軍事を混合させ
たハイブリッド戦を仕掛けていることに対して強い脅威感を抱い
ていることが伺える。
さまざまな場所と形で「裏切りのスパイ戦」繰り広げられている
一端が垣間見える事件である。
▼おわりに
わが国で発覚したGRUによるスパイ事件は、工作活動の入り口
ともいえるようなものである。わが国の当局が早期に発見したと
いう見方もできるが、今回のイギリスの例やGRU出身のリヒャ
ルト・ゾルゲなどの活動を見れば、ロシアはわが国のもっともっ
と深いところでスパイ網を構成し、しかも安全かつ着実にスパイ
活動を行なっているのではないかと考えてしまう。そう危惧する
のは筆者だけであろうか。
実は、3月の元GRUの大佐の暗殺未遂事件からわずか8日後の
3月12日、イギリスに亡命していたアエロフロート・ロシア航
空の元副社長ニコライ・グルシコフ氏(68)が、ロンドンの自
宅で首を吊った状態で発見された。
英警察当局は、死因は首を圧迫されての絞殺死と断定、殺人事
件として本格捜査を始めた。英メディアによると警察は何者かが
殺害後、首つり自殺を偽装した「不審死」とみている。これまで
の調べでは、遺体から毒物などは検出されていない。
グルシコフの「不審死」とスクリパルに対するノビチョクによる
殺人未遂事件に接点は見られないが、イギリス国内では以前から
ロシア人亡命者らの「不審死」が相次いでいる。ラッド内相はノ
ビチョク事件直後の3月6日の時点で、イギリス国内における
14件の不審死にロシア政府の関与があったのかを再調査するよ
う、警察と保安局に命じたことを明らかにしている。
次回は、一連の「イギリス亡命ロシア人の不審死」について分析
することとしたい。
(やまなか・しょうぞう)
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