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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官
でもあります。お仕事の依頼など、問い合わせは以下よりお気
軽にどうぞ
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hirafuji@mbr.nifty.com
WEB
http://wos.cool.coocan.jp
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こんにちは、エンリケです。
きょうからはじまった
「裏切りのスパイ戦」
と題するこの連載は、
毎月一回お届けする
インテリジェンス読み物です。
著者の山中さんは、
インテリジェンス研究家。
冒頭で自己紹介されていますので、
是非ご覧ください。
連載最初の今回は、
最新のインテリジェンス事件の
ケーススタディです。
流動的な現実をいかに見るか?
という面でとても参考になりますし、
役にも立つし、何より面白いです。
図らずもプロの世界の一端を
垣間見ることもできます。
すごいプレゼントです。
あなたのご意見も希望されていますので
お気づきになった点などあれば、
遠慮なくお知らせください。
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さっそくどうぞ。
エンリケ
山中さんへの感想や疑問・質問やご意見など、
いつでもどうぞ。
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http://okigunnji.com/url/169/
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(新)裏切りのスパイ戦(1)
「二重スパイGRU元大佐暗殺未遂事件の深過ぎる闇」
山中祥三(インテリジェンス研究家)
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□はじめに
皆様はじめまして、今回からインテリジェンスについて連載させ
ていただきます。私は、大学で国際関係論を学びはしたものの、
長い間まったく異なる職種についていました。ところが、その仕
事でかなり経験を経てから思いもかけずに、国際情勢の分析に関
わる仕事につくことになりました。その関係で定年後も国際情勢
に関連するNPO法人で時々お手伝いをさせていただいています。
さて、急に国際情勢の仕事をやることなり、手当たり次第に本
を読み先輩の姿を見よう見まねでしばらくやってきましたが、そ
のままではいけないと、50歳を前に一念発起し、仕事をしなが
ら大学院に入って学びなおしました。大学院で学んでいるうちに、
国際情勢の表の部分には現れない裏の世界があることが見えてき
ました。国際情勢を分析していると、どうしても説明できない部
分があり、その一部にインテリジェンスもからんでいるのではな
いかと、その分野に強い興味が湧いてきました。
もちろん実業務でインテリジェンスを前面に出すわけもいかず、
自分で少しずつ研究してきました。定年後の今は比較的に自由に
意見を発表できる立場にあると思い、研究の一端を自分の興味の
あるテーマに沿って書いていきたいと思います。
インテリジェンス全般に興味がありますが、現役の時は触れるこ
ともできなかった情報機関やスパイなどについて触れていけたら
と思っています。ただし、インテリジェンス、とくにスパイもの
などというとすぐに陰謀説などが出てくるものが多いですが、現
役の時に培った分析のやり方を参考にできるだけ信憑性のある公
開情報を使用し、そこから言える仮説を組み立てて説明していき
たいと思います。
もちろん、情報不足や個人の思い込み(バイアス)がありますの
で、その点について皆様のご意見をいただければ、より真実に近
づけるのではないかと期待しています。
というわけで、不定期ですがインテリジェンス関連で自分の興味
あるテーマについて時々書いていこうと思います。よろしければ
お付き合いいただきコメントなどいただければ幸いです。
▼「ノビチョク」によるロシア元スパイ暗殺未遂
2018年3月4日、ロンドンから南西約130キロにあるソー
ルズベリーの公園のベンチでロシア連邦軍情報総局(GRU)の
元大佐セルゲイ・スクリパリ(66)と長女ユリア(33)が意
識不明で倒れているのが発見された。
この事件からは、06年11月ロシア連邦保安局(FSB)の元
情報将校、アレクサンドル・リトビネンコ氏(43)が、亡命先
のロンドンにおいてポロニウムで毒殺された事件を思い浮かべる
方も多いだろう。イギリスの独立調査委員会は、なんと10年後
の2016年に、リトビネンコ殺害はロシアの情報機関FSBの
指示で実行された可能性が高く、プーチン大統領もおそらく承認
していたとする調査報告書を公表した。
しかし、それ以外にもロシア当局が関与していたと疑われる事
件は起こっている。たとえば、15年2月には、プーチン政権を
批判していたロシアのボリス・ネムツォフ元第一副主首相がモス
クワで何者かに殺害された。16年2月には、ロシアの反ドーピ
ング機関(RUSADA)元トップのビャチェスラフ・シニョフ
氏が死亡(死因不明)。約2週間後には、同機関元最高幹部のニキ
ータ・カマエフ氏も心不全で死亡した。そして17年3月には、
ロシアの元下院議員デニス・ボロネンコフ氏がウクライナの首都
キエフのホテルから出てきたところで射殺されている。
ところが今回のGRU元大佐の暗殺未遂事件には、続きがあり、
その事件から約4か月後の6月30日、ソールズベリーから約1
0キロ北のエームズベリーで同種の毒物により男女2人が意識不
明になり、8日後に女性が亡くなった。両事件に使用された毒物
はソ連が開発した「ノビチョク」とされ、素人が簡単に入手でき
るものではない。
イギリスでは3月の事件は、ロシア当局の仕業だとされ、7月の
事件は、毒物に触れた事故だとされている。詳しい報告書などは、
公表されていないため、オープンソースからこれら2つの事件の
経緯や関連を追ってみたい。
▼3月のソールズベリーでの事件
セルゲイ・スクリパリ(Sergei Skripal)は、ロシア陸軍出身で
在スペインロシア駐在武官として赴任中の1995年頃、スペイ
ンの情報機関に二重スパイとしてリクルートされ、その後イギリ
スのMI6に引き継がれた。元大佐のイギリスでのコードネーム
は「Forthwith(即座に)」で、駐在武官を終えスペインからロ
シアに戻ったあと、GRUで人事担当幹部に昇進した。スクリパ
リは、欧州で活動するロシア側スパイ300人以上の情報をMI
6に渡したとされる。元大佐のスペインの銀行口座には10万ド
ル(約1050万円)が預金されていたという。
しかし、やがて二重スパイであることがロシア当局に判明し、
元大佐は04年国家反逆罪容疑でロシア当局に逮捕され、06年
に裁判で懲役13年の判決を受けた。
元大佐のもたらす貴重な情報は、米国情報機関にも適切に伝え
られていたと見られ、その証拠に10年、米国はロシアとのスパ
イ交換に合意した。米側は、「美人過ぎるスパイ」として有名に
なったアンナ・チャップマンを含む10人のスパイを解放し、元
大佐はロシア側に拘束されていた他の2人の米側スパイとともに
解放され、その後家族でイギリスに移り住んだ。
しかし元大佐の妻は、12年に癌で死亡、長男のアレクサンダ
ーは17年7月、ガールフレンドと一緒にサンクトペテルブルク
で休暇中に、43歳という若さで亡くなった。死因は肝不全とさ
れた。長女のユリア(Yulia)は10年から数年間は、両親や兄と
ともに移住先のソールズベリーに居たがロシアが恋しくなり、モ
スクワに戻ったとされる。彼女と兄は、父親がイギリスに亡命し
ているという状況にもかかわらず、自由にイギリスとロシアを行
き来できたようである。
さて、スクリパリの長女ユリアは、兄の死後より頻繁に父親を訪
ねるようになった。事件までの主要な動きを追うと次のようにな
る。
3月3日(土)
○14:40 ユリア、ロンドン・ヒースロー空港到着。
3月4日(日)
○09:00過ぎ 元大佐とユリアはともに自宅を出て妻と長男が埋葬
されているソールズベリーの墓地(自宅から約2キロくらい東)へ。
○13:40 ソールズベリーの町の中心部のショッピングセンター駐
車場に車を止め、歩いて近くのパブ「ミル(Mill)」へ。
○14:20 近くのイタリアレストラン「ジージー(Zizzi)」へ。
○15:35 ジージーを出た。その後、おそらく歩いて駐車場へ戻ろ
うとしていたと思われる途中に、公園の一角のベンチで2人とも
口から泡を吹いて意識不明の状態で発見された。
○16:15 救急サービスが第一報を受けたが、2人の救出に関わっ
たニコラス・ベイリー警部(Det Sgt Nicolas Bailey)もその後
重体に陥った。
事件後、英政府は数百万ポンド(数億円)をかけて、被害者が立ち
寄ったショッピングセンターなど9か所を除染した。捜査の結果、
自宅の玄関のドアノブからは高濃度のノビチョクが発見された。
その後長い間重体とされていたが、3人は一命を取り留め、ベイ
リー警部は、3月22日に退院した。ユリアは4月10日までに、
元大佐は5月18日までに退院し、英当局により「安全な場所」
に移されているという。
7月19日(木)英PA通信は、英警察当局が容疑者は、複数
のロシア人と特定したと報じている。
▼6月のエームズベリーでの事件
ソールズベリーでの事件から約4か月後の6月29日(土)、
男女2人(チャーリー・ロウリー:Charlie Rowley、45歳)と
(ドーン・スタージェス:Dawn Sturgess、44歳)は、ソールズベ
リーで多くの店や元大佐らが倒れた現場から数百メートル離れた
クイーンエリザベス公園などを訪れ、翌30日にイギリス南部エ
ームズベリー(ソールズベリーから北10キロ)で毒物により意識
不明となった。事件当日の動きを追うと次のようになる。
6月30日(日)
○10:15 スタージェスがロウリーの自宅で香水の瓶に入った液体
に触れた直後(15分以内)意識不明となり救急車で搬送された。
○12:00 ロウリーは友人のサム・ホブソン(Sam Hobson)と一緒
にブーツ薬局(Boots chemist)へ処方薬を取りに行った。
○13:45 ロウリーと友人はバプテスト教会の行事に参加後、自宅
に戻り、女性の入院している病院へ行こうとしていた。
○18:20 ロウリーが体の不調を訴え、救急車で搬送された。
当初は、2人は薬物中毒かとも疑われたが、未確認の物質にさら
された疑いが浮上したため英警察は、物質のサンプルを軍の科学
研究所に送り特定したところ、7月4日(水)、英警察は2人が
3月の元ロシアスパイ暗殺未遂事件に使われたのと同じ種類の毒
物である「ノビチョク」に接触していたと発表した。
7月8日(日)、重体だった女性のスタージェスは死亡。一方同
じく重体だった男性のロウリーは、同月10日(火)に意識が回
復し、同月20日(金)に退院した。
ITV(Independent Television:英の老舗商業テレビ・チャンネ
ル)ニュースの独占インタビューで、ロウリーが話したところに
よれば、6月30日の数日前にセロハンでラッピングされ、密封
された箱を見つけて、エームズベリーの自宅に保管して置いた、
事件当日パートナーに贈り物として渡した。香水は有名なブラン
ドだった。パートナーに渡す前に瓶(びん)にポンプディスペン
サーを取り付けたが、その時に液体が手についた。油っぽくて香
水の匂いはしなかったが、すぐに手を洗った。パートナーは、有
名な香水と思い込みそれを手首につけたが、15分以内に頭痛を
訴えてバスルームに行った。ロウリーはバスルームで倒れている
彼女を見つけたとしている。
▼ノビチョクとは?
「ノビチョク」はロシア語で「新人」を意味し、1970年~
80年代にソ連が極秘開発した神経剤である。
2種類の物質を混ぜてできる「バイナリー兵器」であり、毒性
は神経剤VX(2017年2月に金正男殺害でも用いられた)の
5~8倍とされる。混合前の物質(前駆物質)はそれぞれ、ほと
んど無害なうえ、製造・保管していても、化学兵器禁止条約の規
制対象リストに含まれていないため条約違反にもならない。また、
VXやサリンと異なり、分解後に特有の物質が残らないため使用
立証が難しいという。
事件の容疑者は、使用した神経剤がノビチョクと特定されない
と踏んでいた可能性がある。しかし、世界有数とされるイギリス
の化学兵器分析能力によりノビチョクと判明した。
英軍化学兵器研究機関のポートンダウン研究所は4月3日、神経
剤が元来ソ連で開発されたノビチョクだったとし、「国家アクタ
ー(勢力)」が使用したと指摘した。
ポートンダウン研究所のギャリー・エイトキンヘッド所長は、神
経剤が同研究所で製造された可能性があるとのロシアの主張を否
定したうえで、「正確な製造場所は特定されていないが、政府に
科学的な情報を提供している。政府はこのほか多方面から得られ
た情報をもとに結論を出している」と語った。エイトキンヘッド
所長は、毒物の製造場所を探し出すのは科学者の役割ではないと
語り、英政府がロシアの関与と判断したのは、情報機関を主とす
るほかの情報源からだと示唆した。
▼OPCW(化学兵器禁止機関)による調査
OPCWはイギリスからの技術的な支援依頼を受け、技術支援チ
ームを3月19日に事前調査のため、同月21日から23日の間
にサンプル採取など本格的調査のため派遣した。それらは、OP
CWの研究所(オランダのRijswijk)に運ばれ、OPCWが指定
する研究所で解析が行なわれた。
4月12日、OPCWは、ソールズベリーでスクリパリとその娘
と彼らを助けた警察官の3人を重体に陥れた毒物は、同一である
とするイギリスの調査結果を確認するとともに、使用された毒物
は、高純度であるということを確認した。毒物の名前や構造は、
化学兵器禁止条約締結国のみが見ることのできる秘密の報告書に
含まれているとした。
当然秘密の部分は公表されていないが、報道では、OPCWは
「ノビチョク」が非常に高度な研究施設において、高水準の技術
者によって製造されたと推理しており、また、使用された神経剤
の製造元になり得た研究所は、世界で1、2か所しかないと示唆
しているとされる。そもそも、「ノビチョク」はソビエト連邦崩
壊直前に、ロシア南部シハニーの施設で開発されたものである。
さらに英政府は、6月30日の事件の毒物についても、7月18
日にOPCWに分析を依頼したが、8月7日の時点でも結果は出
ていないようで英政府は、支援の延長を要請している。OPCW
は機構が指定する2つの研究所に追加で収集したサンプルを送り、
分析結果が出たらイギリスに提供することになっている。
▼暗殺未遂事件に関する3つの仮説
今回のGRUの元大佐の暗殺未遂事件で考えられる仮説は3つ
ある。
(1)ロシア当局による裏切り者への報復である。もう1つは
まったく逆で、やや大胆かもしれないが、(2)イギリスの情報機
関などによる殺害(未遂)が考えられる。また可能性としては、
(3)英・露のどちらかの情報機関に依頼された第三国の当局者と
いうこともあり得るが、その種の資料はなく今回は検討対象から
除外する。
仮説(1)は、裏切り者のスクリパリに対するロシア情報機関の報
復措置であり、過去の暗殺で使用されておらず、検証が困難な神経
剤を使用したものと考えられる。とくにロシアとイギリスを自由
に往来している娘は、ロシアの情報を父親に提供している可能性
もあり、2人を併せて葬り去りたいと行動したものと考えられる。
今回の事件に対して英メディアの多くは「裏切り者を許さないプ
ーチン大統領が、強い姿勢を国民に示すために暗殺を指示した」
との見方を示している。「裏切り者」で英情報機関当局者との接
触を繰り返していた元大佐の行動がロシア側の「レッドライン
(許容限度)を越えた」と考えられる。
使われた神経剤が、純度の高い軍事レベルであることから、ロシ
アの国家としての関与の疑いは濃いが、その証拠が出ることはお
そらくないであろう。スクリパリの裏切りにより300人以上の
ロシアのスパイが身の危険にさらされた。このことは、ロシア情
報機関には許しがたいうえ、いまだにイギリス情報機関とつなが
っていることから、彼を暗殺したいという動機は大いにあった。
この仮説に対し3月18日のロシア大統領選挙や6月14日か
らの2018ワールドカップ・ロシア大会前に国際社会の批判を
受けるようなことを、ロシアがあえてやる必要はないのではない
かという疑問もある。これに対しては、元大佐が娘を通じて極め
て重要なロシアの情報を盗んでいたため、急いで2人とも殺そう
とした。もともと報復しようとしており、たまたま娘がその時期
に訪英したので殺害しようとした。その際、できるだけ成分が検
出しにくい従来とは異なる神経剤を使用したとすれば、ロシアは
疑われても関与が断定できないと考えた可能性が高い。しかし、
これをイギリス当局に検知されてしまったのではないかと考えら
れる。
▼スクリパリはロシアの三重スパイ?
仮説(2)は、スクリパリが実はロシアの三重スパイとして活動
していたと考えればあり得る行動である。次第にイギリスの情報
機関の内情についてもある程度知り得る立場となったスクリパリ
をGRUは、その娘を連絡係または人質として活用していたため、
それを好ましく思わないイギリス情報機関が、ロシアの仕業に見
せて殺害しようとしたという可能性が考えられる。
スクリパリが、ロシアからイギリスに亡命したのにその息子や
娘が自由にイギリスとロシアを往来できるのは不自然である。
自らの保護下に置いている亡命者を排除できないイギリス当局
は、一般的にはロシアしか使用できないと思われる神経剤を使う
ことにより、ロシア情報機関の仕業にしようとしたのではないか。
とくにロシア大統領選挙やワールドカップの前に行なえばより効
果的である。2人を殺害しようとした毒薬が「ノビチョク」であ
るとすぐに発表されたのも、ロシアの関与を早期に示唆しようと
作為したとも考えられる。毒薬を短時間で特定できるということ
は、「ノビチョク」をイギリス国内で密かに製造できたのか、そ
のサンプルをすぐに入手できたに違いない。
この仮説に対しては、仮にイギリスの情報機関が元大佐らを殺
害しようとしたのであれば、事件後、元大佐らに適切な処置を施
し、さらにその後、匿(かくま)う必要性がないのではないかと
いう反論も出ると思う。しかし、この点に関しては、殺害しよう
とした情報機関の思惑とは裏腹に、その計画を知り得ない治療の
現場は現場で、最善を尽くし救出したということではないだろう
か。助かった以上ロシアの犯行と見せるためには、匿うしかない。
秘密の場所に軟禁状態にしておけば、今後ロシア側のスパイとし
て活動することも阻止できるわけである。
▼「ノビチョク」の効果
今回使用された「ノビチョク」の効果を見れば、香水と思い込
み直接腕にすり込んだ女性は、15分程度で気分が悪くなり入院
し8日後に死亡。液体が手についたが洗い落とした男性は、異変
が現れるまで8時間程度かかり20日後に退院できた。
このことから見れば、3月4日にドアノブに少量塗られていた
「ノビチョク」に素手で触れた元大佐は、思わずコートか上着の
袖の部分でそれを拭ったが、その後、娘が出したハンカチなどで
拭った。娘はそのハンカチでドアを拭くなどして剤(ざい)に触
れてしまった。元大佐らが意識不明になった時、救助にあたった
警部は、大佐の服に付着していたわずかなノビチョクに接触して
しまったのではないだろうか。
元大佐が摂取した量が最も多く、警官が摂取した量が最も少な
かった。そのため元大佐は、退院まで74日、娘は退院まで37
日、警部は退院まで18日を要したと考える。
▼依然残る謎と今後の研究
現在までの報道などを見れば、元スパイの暗殺未遂には、欧米の
報道ではロシアが関わったとするものが多いが、ロシア政府は関
わっていないと反論する。真相は明らかになっていないのである。
その意味では、英国の情報機関が関わったとする仮説にも検討の
余地はあると思う。
また、6月のエームズベリーでの事件については、事故と考えら
れる要素が多いが、普通には手に入れることができない「ノビチ
ョク」が使用されたという点では、3月の事件と関連がある。し
かし、なぜ開封されていない香水の瓶に入っていたのか、エーム
ズベリーで倒れた男(ロウリー)はそれを拾ったとしているが、
その場所を思い出せないとするのは不自然である。また、ロウリ
ーは女性が入院したあと、薬局や教会へ何をしにいったのかも明
らかにされていない。
香水の箱は空けられていないとの証言があり、その香水が元大
佐に使用されたとは考えにくい。犯行を偽装したり、かく乱した
りするために香水瓶が3月の事件のあとに近くに置かれた可能性
が考えられるが、元大佐が倒れた付近は、事件後除染され、捜索
されたはずである。にもかかわらず、4か月もの間、現地付近で
香水の瓶が発見されなかったのは不自然である。
大佐の暗殺に使用しようとスパイマスターがエージェントに渡す
ため公園の秘密の場所に隠しておいたのを、たまたまロウリーが
見つけて持ち去ったので、再度神経剤を入手してドアノブ付着さ
せたのか、などとあらたな想像も膨らむ。
今後さらなる報道などにより、これらの謎の解明と筆者の仮説
の検証にあたりたいと思う。また、過去の情報機関などの関与と
される事件についても調べていきたい。
次回は、ロシア元スパイ暗殺未遂事件の陰で目立たなかったが、
8日後の3月12日イギリスに亡命していたアエロフロート・ロ
シア航空の元副社長ニコライ・グルシコフ氏が、ロンドンの自宅
で首を絞められて殺された事件について紹介しよう。
(やまなか・しょうぞう)
▼追記
さて、このメルマガの原稿は、8月30日までの、情報に基づき
行なった分析である。その後、9月5日、イギリスのメイ首相は、
ソールズベリーで3月に起きたロシアのGRU元大佐暗殺未遂の
容疑者は、ロシア国籍のGRUの将校2人であると公表した。2
50人の捜査員が1万1000時間以上の防犯カメラのデータを
調べた結果だとしている。エビデンスとしては、かなり信頼性が
高いと思う。したがって、現時点ではメルマガで述べた、(1)以外
の仮説の可能性は極めて小さくなったといえる。
アナリストの頭の中では、分析という行為は、常に継続して行
なわれており、新たなエビデンスがあれば、今まで検討してきた
仮説の可能性に変化が起きる。今回の報道を受け、9月6日の時
点で原稿を修正することも考えたが、あえて元の原稿をそのまま
掲載させていただくこととした。なぜなら、8月末時点までの情
報では、筆者はそのように分析できたからである。
このようなことは、インテリジェンスの分析の世界では往々に
してあることである。新たな有力なエビデンスが現れれば、分析
の評価は豹変するのである。実はこのことは政策立案者も、十分
に認識すべき事項である。アナリストは、ある時点までで判明し
たエビデンスを基に分析を行なう。その上で、いくつかの仮説に
ついてその可能性や蓋然性の高低を述べざるを得ないのである。
インテリジェンスは、「政策決定者の決心や行動に役立つ知識」
であるが、複数の仮説を提供することにより、奇襲を防止すると
いう意味合いもある。
その意味で、アナリストはあとで批判を受ける可能性があるとし
ても、その時点での判断を述べる必要がある。たとえば、天気予
報で「雨が降る可能性は、否定できない」と言われたら、傘を持
っていくべきかどうか判断できないのである。たとえ半々の確率
であったとしても、降水確率を明確にすべきなのである。
仮に見立てが外れていれば、謙虚にその事実を受け入れて、新た
に判明したエビデンスを基に新たな分析を行なうべきである。そ
の際、従来の自分の考えに固執せず、冷静に事実と向き合い、必
要があれば淡々と修正する心構えが必要である。
一方で、政策決定者も分析の結論が当たったか外れたかだけで分
析を評価するのではなく、インテリジェンスにはその種の危険性
があることを認識し、複数の対応策や予備の手段を考えておくこ
とが必要なのである。
しかし、毎回見立てが外れると、アナリストとしての信用がなく
なるので、そうならないよう精進努力する必要がある。
したがって、次回のメルマガでは、当初の構想とは異なり新たに
判明した事実を基に修正した分析を披露することとしたい。
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