配信日時 2018/08/27 20:00

【戦う組織のリーダーシップ(2)】「二階級上の立場で仕事をせよ─今に生きる海軍先輩の教え─」 堂下哲郎(元海将)

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊
した即応予備自衛官でもあります。
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こんにちは、エンリケです。

〇〇さんもそうでしょうが、自分も新入社員の頃、
「一つ上の職位から仕事を見る癖を忘れるな」
と口が酸っぱくなるほど言われました。

平社員は係長の立場で、係長は課長の立場で、課長は部長の立場で
仕事をとらえてシミュレーションする癖を怠ってはいけないよ、
という古くから伝わる伝統です。

まあ、当たり前の話で、出世する前から出世後の仕事をシミュレ
ーションできてなければ、新しい立場で仕事ができるはずありま
せん。

海軍はもう一つ上だったのですね。

きょうの記事からも得るところ多いです。


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エンリケ



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【戦う組織のリーダーシップ(1)】

「二階級上の立場で仕事をせよ─今に生きる海軍先輩の教え─」

堂下哲郎(元海将)
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□はじめに

 前回は、リーダーに必要な4つの資質のうちの2つ、「知識」
と「見識」について「海軍の安岡正篤」の著書から紹介しました。
今回は、残りの2つ、すなわち「胆識」と「節操」ということに
ついて述べます。普通にはあまり聞かない言葉ですが、どういう
ことでしょうか。

▼「見識」を実行するための「胆識」

前回の「見識」というものもなかなか難しいものですが、安岡は、
さらに「この見識だけではまだ駄目で、反対がどうしてもありま
す。つまり見識が高ければ高いほど、低俗な人間は反対するでし
ょう。そこでこれを実行するためには、いろいろの反対、妨害等
を断々乎として排し実行する知識・見識を胆識と申します」とし
て、決断力・実行力を持った見識、すなわち胆識が必要であると
します。

ある程度の立場になって何かを実行しようとすると、反対や妨害
があるものです(何も「低俗な人間」からだけとは限りませんが)。
このような場合に、安易な妥協や上司への迎合をしないこと、反
対や妨害を断固として排除するために相手を粘り強く説得、翻意
させることが求められるということです。

これがなければ、せっかくの良識があっても「優柔不断」とか
「日和見」ということになってしまいます。再び加藤友三郎の例
です。

大正10年の皇太子御訪欧(御召艦「香取」、供奉艦「鹿島」)の
準備の中で、最も問題になったのが、艦に搭載されている弾火薬
の処理でした。当時、日本海軍では弾火薬の爆発事故で4隻の軍
艦が沈没し多数の殉職者を出していたため、皇太子の長期間の乗
艦中の万一の事故を恐れる空気が強まっており、東宮大夫(現在
の東宮職)からは、加藤友三郎海軍大臣に御召艦の火薬を卸して
くれとの申し入れがなされました。

加藤大臣が「武器のないようなものは軍艦ではない」とはねつけ
ると、東宮大夫からは「それでは商船で参ることにしよう。赤道
や紅海を通って行くので、そんな危険な艦に殿下に乗って頂くわ
けにはいかない」との返答でした。大臣はこれに対して、「軍艦
に関しては、当然海軍大臣の全責任だ。東宮大夫の職責権限外だ」
と断じ、東宮大夫の反対を封じたのです。

加藤大臣は、このように、事の本質、職務権限などに関しては、
遅疑逡巡することなく、実にはっきりしていました。ただ、大臣
もこうはっきり言い切ったからには、その責任は重い。そこで呉
火薬試験所に命じて、「香取」から毎日報告される弾火薬庫の温
度、湿度、気圧と同じ条件に火薬試験片を置き、その変質の状況
を厳密に検査し、少しでも異状を認めたら直ちに「香取」に通報
して海中に投棄させるという処置をとりました。加藤大臣が、胆
力があり用意周到で、「沈勇の智者」といわれたゆえんです。幸
いに火薬に関しては何の事故もありませんでした。

▼井上成美大佐の「節操」
 
 4つ目は「節操」ということです。これは一般にも「信念を守
ること」という意味で使われますが、安岡は、平素から永続性の
ある理想あるいは目標を持っていることを「操」、仕事をするに
あたってのきびきびした締めくくりを「節」といい、両者を合わ
せたものが「節操」という言葉であるとしています。

 胆識をどのように生かしてゆくか、多くの人を巻き込んで一定
の方向に導く大きな役割を担うリーダーには、ビジョンや「志」
というものが求められます。平素からどのような「志」を持つか、
それこそが高いレベルのリーダーの人格を形作る「輪郭」となる
のではないでしょうか。

 昭和8年、井上成美(しげよし)大佐(のち大将)が海軍省軍
務局第一課長であった時、軍令部(天皇に直属した日本海軍の中
央統括機関であり、海軍全体の作戦・指揮を統括した)の権限を
大きく拡大する規則の改正問題が持ち上がりました。その内容は
「海軍伝統の習慣や解釈を無視し、軍令部の権限を拡大し海軍省
を引き摺って思うようにしようとするもの」で、「動機が甚だ不
純」なものと思われたそうです。

 井上課長の折衝相手は軍令部の南雲忠一大佐でした。毎日のよ
うに来ては思うように行かぬのでプンプンして帰って行く。ある
日、えらい剣幕で「井上!!! 貴様のような訳の解らない奴は殺し
てやるぞ」と怒鳴り込んできたため、井上は、「やるならやって
みよ。そんな嚇(おど)しでへこたれるようで職務が務まるか、
君に見せてやるものがある」と、おもむろに引出しから遺書を出
してみせ「俺を殺しても俺の精神は枉(ま)げられないぞ」と応
じました。

そこには、このようにありました。
(表書)井上成美遺書 本人死亡せばクラス会幹事開放ありたし 
(内容)一、どこにも借金はなし 二、娘は高女だけは卒業させ
出来れば海軍士官へ嫁がせしめたし

このような嫌な応酬が続くうちに問題の震源地である軍令部総長
(伏見宮博恭王:ふしみのみやひろやすおう)が期限を切って迫
られ大変な騒ぎとなり、ついには大臣以下、次官、局長とも屈す
る外なしと観念するに至り、聞かないのは井上課長ひとりという
事になってしまいました。ある日課長は局長に呼ばれ、「今度あ
る事情により、この軍令部最終案により改正を実行しなければな
らなくなった。非難は局長自ら受けるから、枉げてこの案に同意
してくれないか」と迫られたのです。

これに対する井上の返答は、「今日まで、ただ正しきに強いと云
うことを守ってご奉公をして参りましたし、当局もこれを認めて
今日まで優遇してくれたのだと信じています。自分が正しくない
と云うことに同意しろと言われるのは、この井上に節操を捨てろ
と迫られるに等しいのです。この案を通す必要があるなら一課長
を替え、この案に判を押す人をもってきたら良いと思います。今
まで正しいことならやる海軍と信じて愉快にご奉公して参りまし
たが、こんな海軍になったのでは、私はいたくありません」とい
うものでした。

 その日の夕方、クラス(同期生)の岩村海軍省先任副官が井上
課長を訪ねてきて「次官からもう一度考え直してくれないかとの
ことだ」と告げられましたが「今日の私の行為は決して一時の興
奮からやったものではないので」と返事しました。岩村は憮然と
して「軍令部は責任がない上に政治とタッチする面を持たないの
で、自然政治的考慮の欠けるものなんだが、そう云う軍令部の力
が強くなり、一方戦争のような国の大事に慎重でブレーキをかけ
る立場にある大臣の力が弱くなると云うことは戦争を起こす危険
が増すなァ」と悲痛な顔をしたそうです。

日を措(お)かずして井上課長は交代、更迭されました。その後
の海軍においては、軍令部の力が増し、国の大事に対して慎重で
ブレーキ役となる大臣の力が弱くなっていったのは歴史の示すと
おりです。

▼4つの資質の使いどころ

 さて、「知識」「見識」「胆識」「節操」、4つの資質を見て
きました。これらの資質は、リーダーにとってどれも大切なもの
ですが、これらを同時に満たせといわれてもそうそうできるもの
ではないでしょう。私たち一般人としては、自分の置かれた立場
でどの資質が最も期待されているのかを考えて努力することが重
要ではないかと思います。

 海軍では、若手の尉官の頃は、多少の失敗があってもファイト
があれば大目に見られ評価されていました。まずはプロの第一歩
として知識や技能を蓄える時期ということでしょう。中堅幹部で
ある佐官の頃になると、頭の良い、よく気のつく、俊敏、カミソ
リ、切れ者といったシャープさ重視の幕僚的人物が評価されたと
いわれています。さらに艦長以上の高級幹部になると、多数の部
下を感化して成果を上げさせる統率力、人柄といった人間的魅力
が重視されました。

 このような人事評価の重点を見ると、海軍として階級や配置ご
とにどのような資質を期待していたかがおぼろげながら分かりま
す。若手幹部でありながら、知識、技能の充実はさておき、見識
や胆識を語ったところで誰も相手にしないでしょうし、中堅幹部
としては然るべき見識を持ち合わせてこその中堅でしょう。高級
幹部でありながら胆識、節操そっちのけでは戦う組織は成り立ち
ません。

したがって、私たち個人が組織にとって有為な人材となるべく自
己研鑽をするにあたっては、現在置かれた配置においてベストを
尽くすことはもちろんですが、予想される将来の配置において求
められる資質を見据えていなくてはなりません。進級や配置の異
動はある日突然言い渡されるわけですから、いわば先行的にその
資質の充実を図らなければならないことになります。

私たちはよく「二階級上の立場で仕事をせよ」とか、「先輩の処
置、判断の見取り稽古を怠るな」といわれたものですが、それは
このような将来の配置に備えての修練を怠るなということだった
ことが分かります。



(つづく)

(どうした・てつろう)


 
【著者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学公共政策論修士、
防衛研究所一般課程修了。護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、
護衛艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等として海上勤務。陸
上勤務として内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)出向、米中
央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長(初代)、幹部候
補生学校長、防衛監察本部監察官、自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴
地方総監、横須賀地方総監等を経て2016年退官(海将)。

 
 
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