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令和8年7月16日(第4525号)
なぜ日本では、ニューロダイバーシティが広がりにくいのか?
―東アジアにおける現状と課題ー
株式会社カレッジ 紀藤康行
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(本日のお話 4756字/読了時間6分)
■こんにちは。紀藤です。
昨日は出張にて、滋賀県へ。
新しく立ち上がった部署での、「ストレングス・ファインダー研修」の実施でした。
皆さま大ベテランの方で、「強み」というキーワードもあまり馴染みがなかったようですが、
「ぜひ自分の部署でもやってみたい」という話も聞こえて、
皆さまにとっても有意義な時間になったようで、嬉しく思った次第です。
改めて、ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました!
*
さて、本日のお話です。
先日より、「ニューロダイバーシティ」というキーワードに関する論文をご紹介してきました。
ニューロダイバーシティとは、自閉スペクトラム症やADHDなどを含む、人それぞれの脳や認知の違いを、人間に備わった自然な多様性として捉える考え方です。
関連する論文や人事施策を調べていく中で、改めて感じたのは、自分が知らないことが、まだまだたくさんあったということでした。
そして、一連のご紹介は、本日でいったん最後となります。
最後に取り上げるのは、2025年に発表された、アジアにおけるニューロダイバーシティの現状と展望をまとめた論文です。
香港、名古屋大学、タイの研究者による共同研究で、アジアではなぜニューロダイバーシティの考え方が広がりづらいのか。そして、今後どのような取り組みが必要なのかを論じています。
野村総合研究所や経済産業省による日本国内の取り組みも紹介されており、「すでに動き始めていることがあるのだ」と知ることができた、興味深い論文でした。
それでは、どうぞ!
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<今回の論文>
・タイトル:Embracing neurodiversity: shifting from deficit-based model to strength-based model
(ニューロダイバーシティ(脳の多様性)の受容:欠陥ベースのモデルから強みベースのモデルへの転換)
・出版:East Asian Archives of Psychiatry, 2025年, Volume 35, No. 2, P123-127
・著者:Chun Lun Eric Lai, Ai Aoki, Genis Seera
・所属:中国香港特別行政区・青山病院、名古屋大学大学院医学系研究科、タイ・マヒドン大学
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■30秒でわかるこの論文 of ポイント
・神経発達症の世界的な有病率が上昇する中、
「欠陥(赤字)ベースモデル」から「強みベースモデル」へのパラダイムシフトが求められている
・ニューロダイバーシティ・パラダイムは、
個人の認知的な差異を尊重し、独自の強みを引き出すことでインクルージョンを促進する
・一方アジア地域では、「同調を重んじる文化」「メンタルヘルスへの偏見」「認知不足」が導入の壁になっている
・香港・日本・タイの3地域それぞれの現状が具体的に整理されている
・普及には偏見解消、政策改革、公的教育の強化が必要とされている
■神経発達症の有病率が、増えている
まず背景として押さえておきたいのは、
神経発達症の有病率が世界的に増加傾向にあるという事実です。
自閉スペクトラム症(ASD)の世界的な有病率(中央値)は、
2012年の「子ども1万人あたり62人」から、2021年には「子ども1万人あたり100人」へと急増しています。
注意欠如・多動症(ADHD)についても同様の傾向が見られ、
成人における有病率は2007年の0.43%から2016年には0.96%に、
子どもにおいては2007年の2.96%から2016年には3.74%へと増加しています。
そして神経発達症のある方は、後年になって不安症やうつ病、
自殺行動のリスクが高まるなど、他の精神的な困難を併発しやすいことも指摘されています。
ASD児においては、身体的・精神的な併存疾患を抱えるリスクが一般児の4倍にのぼるというデータもあり、
対人関係の構築の難しさ、いじめ、学校の中退、失業、投獄の割合の高さなど、深刻な社会的課題に直面していることも書かれています。
■「欠陥」として見るのか、「環境」の問題として見るのか
こうした課題に対して、これまで主に2つのモデルが語られてきました。
一つは「医学的モデル」です。障害を「医療的アプローチによって治療・予防されるべき病理」とみなす立場ですが、当事者の強みへの配慮を欠いた「欠陥のみに着目する介入」は、
かえってスティグマを永続させ、社会的排除を招き、自己肯定感を傷つけてしまう危険性があります。
もう一つは「社会的モデル」です。障害は個人の損傷そのものから生じるのではなく、たとえば車椅子利用者がエレベーター不足という建物側の障壁にぶつかるように、
社会側の対応や障壁によって生じるという考え方です。
この論文は、こうした医学的モデルと社会的モデルの対立を超えて、個人の特性と環境の相互作用を重視する「ニューロダイバーシティ・パラダイム」という、
中立的なアプローチを提示することを目的としています。
特に東アジア地域の社会文化的・制度的な背景を整理し、この地域における強みベースモデル普及に向けた具体的な実践例、課題、 tender
そして将来的な解決策を議論しようとしているのが本論文の狙いです。
■方法について
本論文は、特定の実験や臨床試験、データセットの独自解析を行った原著論文ではなく、最先端 of 学術的文献や公的報告に基づいて概念的な議論を行う「パースペクティブ(視点・展望)論文」です。
ただし、香港・日本・タイなどアジア各国の政策文書や、1970年代の障害学の基本原則から2025年時点の最新の文献まで、全43件の参考文献を包括的にレビューし、概念フレームワークを構築しています。
■強みベースのモデルを支える4つの理論
本論文では、ニューロダイバーシティを「人間の認知機能や思考様式の自然な差異」と定義した上で、次の4つの理論・学問領域を統合したモデルを提唱しています。
(1)ハワード・ガードナーの多重知能理論:
言語、論理数学、視覚空間、音楽、身体運動、自然、対人、自己理解という8つの知能を定義するもので、ASD当事者は率直さや誠実さ、学習への愛、創造性、公平さに優れ、論理数学的推論や音楽的才能、視覚空間スキルに卓越した強みを示すことが多いとされます。
ADHD当事者は、創造性、高エネルギー、過集中(ハイパーフォーカス)、協調性、共感性、他者を助けたいという強い意欲を示すことが多いといいます。
(2)ポジティブ心理学:
従来の病理主義から脱却し、愛、幸福、勇気、忍耐、満足、許し、知恵、レジリエンスといった個人の強みに焦点を当てる考え方です。
(3)ポジティブ精神医学:
リスク因子の特定から「防御因子」の認識へ、単なる症状の緩和から「全体的なウェルビーイングや成長の促進」へと視点を移していく学問領域です。
(4)チカリングの7つの発達ベクトル:
個人のアイデンティティ形成、自己開発、精神的な自立と成長を包括的に支援するためのステップとしてのフレームワークです。
■アジアの現在地:香港・日本・タイ
欧米で進んでいるこの運動は、東アジア地域においてはまだ「初期段階」にあると論文は述べています。
◯日本の現状
日本では、2000年代以降ASDやADHDへの関心が急速に高まり、2005年に「発達障害者支援法」が施行されました。
一部の大学では「すべての学生は多かれ少なかれニューロダイバースである」という思想のもと、個別化された支援が実践されており、
2022年には経済産業省が「ニューロダイバーシティ推進プロジェクト」を立ち上げ、企業向けの導入方法や強みを活かす戦略をまとめた報告書を発行しています。
IT分野を中心に、当事者特化型の採用プログラムを導入する企業も増加しているそうです。一般市民の間での概念自体の浸透にはまだ課題があるものの、診断への社会的受容やサポートの質は着実に向上しているとのことでした。
◯香港の現状
香港では、比較的新しい概念であり、主に社会経済的に高い層で認識されているといいます。政府主導ではなく非政府組織(NGO)が先導しており、
「香港ニューロダイバーシティ協会」が学校との提携や講演活動を通じて認識転換を促しています。
◯タイの現状
タイでは、発達小児科医や精神科医、特別支援教諭といった専門分野での認知度は高まっている一方、一般社会では神経発達の違いを「社会規範に完全に適応させるべき医療的問題」とみなす見方が依然として根強いといいます。
■なぜアジアでは広まりにくいのか?
論文では、普及を妨げる要因として、「文化的・概念的なバリア」と、「財務的・実務的な障壁」が挙げられています。
◯理由1:認知不足、理解不足がある
文化的・概念的なバリアとしては、まず認知度や理解の不足があります。タイのボランティア1,203名を対象にした調査では、30%が「ASDは知的障害やADHDと全く同じものである」と誤認しており、正確な知識の欠如がそのまま偏見に直結していることが示されています。
また「高機能だから配慮は不要」「困難があるから能力もない」といった二分法的な誤解も根強く存在します。
実際には、革新的なアイデアはあるが実行が苦手なADHD成人や、特定分野に卓越しているが社会的相互作用に苦しむASD当事者のように、強みと弱みは同居しているものだと論文は述べています。
◯理由2:同調を重んじる文化的傾向のため
加えて、東洋文化における精神疾患への強いスティグマ、そして社会的調和や同調を重んじる文化的傾向が、個人のユニークさや権利を主張することを躊躇させているといいます。
◯理由3:財務的・実務的な障壁
財務的・実務的な障壁としては、静音スペースや感覚調整室の設置にかかる高額なコストと土地不足、とりわけ香港のような地価の高い都市部での物理的な制約が挙げられています。
また、肯定的なアプローチを実践できる専門教諭や医療スタッフ、人事担当者の不足、
そして当事者の強みを客観的に測定するための標準化されたアセスメントツールが実務レベルで確立されていないことも、大きな課題として指摘されています。
■まとめと感想
まず興味深かったのは、東アジア地域における社会文化的・制度的な背景、つまり同調を重んじる文化やメンタルヘルスへの理解不足というものが、ニューロダイバーシティという「差」を受け入れることを阻んでいる、という視点そのものでした。
その上で、1970年代から2025年までの全43件の文献をレビューし、このニューロダイバーシティというモデルがどのように形づくられてきたのかを整理していく構成もまた、とても興味深いものでした。
こうした議論が少しずつ知られ、基礎を広げていくことによって、より多くの人にとって当たり前のものとして認知されていくのだろうと思います。
最後に、野村総合研究所が2021年に出した「デジタル社会における発達障害人材の更なる活躍機会とその経済的インパクト―ニューロダイバーシティマネジメントの広がりと企業価値の向上―」という資料が、とてもわかりやすく、グラフも豊富で、
いわゆる「見えない障害」を抱える方がいかに働きづらい状況に置かれているのかがよく整理されていて、私自身大変勉強になりました。
本論文の結論としては、以下のようにまとめられています。
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・すべての人には独自の強みと弱みがあり、この多様性を認識することこそが、真に個別化されたサポートを実現する
・政策立案者は、偏見の解消、包摂的な教育の推進、そして当事者をエンパワーメントするためのサービス資金の確保を最優先すべきです 。
・特に子どもの段階からの早期導入(Early implementation)は、精神疾患の二次障害を防ぎ、潜在能力を最大限に引き出すための極めて効果的な予防策となります 。
・ニューロダイバーシティアプローチを広く取り入れることで、精神的・社会的負担を劇的に軽減し、より豊かでインクルーシブな社会へと前進できる 。
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同調を重んじる文化の中で、「違い」をどう受け止めていくか。今回のシリーズを通じて、それは特別な誰かの話ではなく、私たち一人ひとりの日常の中にある問いなのだと、あらためて感じさせられました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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【編集後記】
◯今月のランニング:124km
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