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令和8年6月3日(第4481号)
新入社員への「わずか1時間の強みワーク」が3ヶ月後の離職率を47%下げる
ーロンドン・ビジネス・スクールらによる研究ー
株式会社カレッジ 紀藤康行
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(本日のお話 5380字/読了時間5分)
■こんにちは。紀藤です。
本日は大荒れの天気ですね…。
さて、昨日火曜日は、午前中に大学のリーダーシップの授業、
午後には高校のリーダーシップの授業でした。
また夕方から6kmのランニング。
難しさを感じながら、色々と試行錯誤しながら進めているこの頃です。
前半も後半戦。集中していきたいと思います。
*
さて、本日のお話です。
今日は、ある興味深い論文を紹介させていただきます。
私事ですが、先日、とある金融機関の新入社員向けに「強み発見ワークショップ」なるものを実施させていただきました。
その際の反響がすこぶるよく、「自分らしいことを表現できること」は、組織への愛着も高めるアプローチなんだろうな…と感じていました。
さて、そんな中で、今日ご紹介する2013年のロンドン・ビジネス・スクールやハーバード大学らによる研究ですが、
「新入社員の組織社会化(組織に馴染むプロセス)において、この個人のアイデンティティ(=価値観や強み)にフォーカスする方が効果的ではないか」という仮説を立てた刺激的な論文です。
結果として、わずか1時間のワークショップで、「個人アイデンティティに焦点を当てたグループの方が、3ヶ月後の従業員定着率や顧客満足度を有意に向上させる」という驚くべき結果が出ています。
ということで、早速その中身を詳しく見てまいりましょう。
■今回の論文
・タイトル:Breaking Them in or Eliciting Their Best? Reframing Socialization around Newcomers' Authentic Self-expression(組織に染めるか、それとも良さを引き出すか?新入社員の本物(オーセンティック)な自己表現を軸とした社会化の再構築)
・著者:Daniel M. Cable / Bradley R. Staats
・ジャーナル:Administrative Science Quarterly、2013年
・所属:ロンドン・ビジネス・スクール(London Business School)、ハーバード大学
■30秒でわかる論文のポイント
・従来の「新入社員を組織の型に染める(同化させる)」アプローチは、個人のアイデンティティを抑制するため、心理的疲弊や離職を招く欠点がありました。
・本研究では、入社初期から新入社員が「ありのままの最高の自分(ベストセルフ。自分の強みを含む)」を表現できるプログラムを構造化し、その効果を検証しました。
・インドのコールセンターでのフィールド実験と米国のラボ実験により、個人に焦点を当てた社会化は、離職率を大幅に下げ、生産性や顧客満足度を高めることが実証されました。
・この好ましい効果はすべて、新入社員が職場で「自分らしくいられる感覚(オーセンティシティ)」を感じられたことによって媒介されています。
■研究の背景と目的
人間には「自分らしくありたい(真正性:オーセンティッシティ)」という強い欲求があります。
しかし、組織には「継続性と統制の確保(一貫した行動や感情の要求)」というニーズがあり、ここに緊張関係が生じるものです。
そして、この対立は、新入社員が組織に入る「組織社会化」の初期段階で最も高まるとされています。
従来の組織社会化研究の多くは、組織の価値観を植え付ける「組織への同化」モデルに偏っていました。
しかし、個人のアイデンティティを抑制することは、精神的な負担となり、燃え尽き症候群や離職を招くという大きな欠点がありました。
そこで本研究は、組織の統制ニーズを否定することなく、「本物の自己表現を行いたい」という個人の欲求を組織社会化プロセスに組み込む新しいアプローチ(=個人的アイデンティティ主導の組織社会化)を提案し、
それが従業員の定着率や仕事の質を向上させるかどうかを検証することを目的としました。
■研究の方法
因果関係の確認(内部妥当性)と、実際の現場への一般化可能性(外部妥当性)の双方を担保するため、フィールド実験とラボ実験の2つの研究を組み合わせて実施しました。
◯研究1(フィールド実験)
・デザイン:フィールド実験(実地調査)
・参加者:インドの大型ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)企業「Wipro BPO」の電話サポート部門に新しく入社したエージェント605名。
・測定ツール・指標:入社7ヶ月後の離職率(定着率)、および無作為抽出された顧客による「顧客満足度スコア」。
◯研究2(ラボ実験)
・デザイン:ラボ実験(実験室研究)
・参加者:米国北東部の大学の学生175名(平均年齢22.47歳、男性82名、女性93名)。2日間のデータ入力および問題解決タスクを行う研究チームに所属させる形で実施。
・使用した尺度・ツール:
ー「ワーク・エンゲージメント」(Schaufeliらの17項目尺度から4項目を抽出)
ー「職務満足度」(QuinnとShepardの4項目尺度)
ー「真の自己表現」(Watermanのユーダイモニック・ウェルビーイング質問紙から6項目)
ー「個人の独自性」(SheldonとBettencourtの3項目)
ー「社会化強度」(4項目)
■具体的な介入条件(1時間のワーク内容)
オリエンテーション初日に「わずか1時間」のセッションを設け、参加者を以下の3つの条件に分けて介入を行いました。
◯介入1:個人的アイデンティティ(個人)群
新入社員が自身の「本物の最高の自分(ベストセルフ)」を認識し、職場に応用することを促すセッション。
・最初の15分:上級リーダーが「 Wiproで働くことは、皆さん一人ひとりに自己表現の機会を与え、個々のチャンスを生み出すことである」と説明。
・次の15分:個人ワークとして「海上で遭難した」という想定のサバイバル演習を単独で行い、自己内省の土台を作る。
・次の15分:演習の決定を振り返りつつ、以下の質問への回答をノートに書き出す。
ー「あなたという個人を最もよく表す3つの言葉は?」
ー「あなたのユニークな点、最高のパフォーマンスを発揮できるのはどんな時か?」
ー「仕事や家庭で、あなたが『生まれながらにしてそうあるべき姿』で行動していた具体的な瞬間(ハイライト映像)は?」
ー「その行動を、この仕事でどのように再現できますか?」
・最後の15分:将来のチームメンバー(同期)に向けて、上記の回答をもとに「最高の自分」を紹介し合う。
・特典:セッション終了後、個人の名前が入ったフリース素材のスウェットシャツ2枚と名前入りバッジを支給し、研修中の着用を義務付ける。
◯介入2:組織アイデンティティ(組織)群
組織への所属から得られる誇りを強調し、組織の価値観を内面化させるセッション。
・最初の15分:上級リーダーがWiproの価値観や現状、これまでの実績、なぜ傑出した組織であるかを講演。
・次の15分:社内のスタープレイヤー(最優秀社員賞の受賞者など)が、会社の価値観と誇りについて15分間講演。
・次の15分:個人ワークとして、以下の質問への回答を書き出す。
ー「会社について、最も興味深く魅力的に感じたことは何か?」
ー「今日聞いたことで、家族に誇りを持って話せることは何か?」
ー「この組織の一員であることを誇りに思う理由は何か?」
・最後の15分:グループ内で各自の回答について話し合い、組織へのコミットメントを高める。
・特典:セッション終了後、会社名(Wipro)が記されたスウェットシャツ2枚と社名入りバッジを支給し、研修中の着用を義務付ける。
◯比較条件(対照群/コントロール群)
特にアイデンティティに関する操作は行わず、従来のスキル研修と一般的な企業理解に焦点を当てたオリエンテーションを実施。
役割の責任について説明を受けた後、同様にロゴ作成などの作業を行い、通常通りの研修プロセスに進む。
■主な結果(わかったこと)
◯わかったこと1:個人に焦点を当てた社会化は、離職率を最も劇的に減少させる
研究1(フィールド実験)において、対照群の離職率は個人群より47.2%高く、組織群の離職率は個人群より26.7%高い結果となりました。
Cox比例ハザードモデルによる分析でも、個人群を基準とした場合、組織群のハザード比は91%高く、対照群は116%高いという結果が出ており、統計的にも有意に離職を抑制しました。
研究2(ラボ実験)でも、個人群は2日目の実験への帰還率(定着率)が74.1%と、対照群(55.2%)や組織群(54.2%)に比べて有意に高くなりました。
◯わかったこと2:個性を引き出すアプローチは、パフォーマンスの「質」と効率を高める
研究1では、個人群は従来の対照群と比較して、実際に顧客から得た満足度スコアが有意に高い値を記録しました。
また研究2において、個人群はデータ入力タスクの効率(生産性:112.36件)が対照群(107.93件)や組織群(106.90件)より優れただけでなく、エラー(ミス)が有意に少ないという結果を示しました。
正解数のみを比較した分析でも、個人群は圧倒的に高いパフォーマンスに繋がることが実証されています。
◯わかったこと3:すべての好影響は「本物の自己表現」の感覚によってもたらされている
研究2の媒介分析により、個人群が示した高いエンゲージメント、職務満足度、パフォーマンス、定着率というすべての好ましい成果は、新入社員が感じた「本物の自己表現(Authentic self-expression)」の知覚によって媒介されていることが確認されました。
自尊心や他のメンバーへの親近感といった代替メカニズムの影響は認められず、純粋に「自分らしくいられること」が成果を生み出す鍵であることが証明されました。
■応用可能性(実践に活かすヒント)
◯企業のオンボーディング/オリエンテーションの刷新
企業が新入社員を迎える際、自社の理念や歴史の詰め込み(組織アイデンティティの強調)や単なるスキル研修に終始するのではなく、
初日に「自分の強みは何か」「それをこの職場でどう活かせるか」を内省させ、開示し合う1時間程度のアプローチを導入すべきです。
これにより、心理的疲弊を免れ、離職率を大幅に低下させることができます。
◯組織の同質化(均一化)問題の解決と適応力の向上
全員を同じ価値観に染め上げると、組織が硬直化し、環境変化への適応力を失う「同質化問題」が発生します。
これを防ぐために、個人の固有の視点を用いた問題解決(ポジティブ・デビアンス:肯定的逸脱)を促すカルチャー醸成に応用できます。
サウスウエスト航空やZapposのように、自分らしく働くことで競争優位を築く戦略の基盤となります。
■まとめと感想
今回の論文を読んで個人的に非常に印象深かったのは、これまで私が学んできたような「伝統的な組織社会化モデル」を、論文内で「吸収モデル」と呼び、新入社員が組織のアイデンティティを受け入れる過程で、勤務中に自分自身のアイデンティティを放棄するように処理されている、という見方を取り入れている点でした。
それに対して、個人のアイデンティティを大事にする、つまり従業員の固有の価値観や視点を重視させる方が、自分を抑制することなくそのままの自分でいられ、結果として雇用関係がポジティブになる。
すなわち、組織で望まれる自分を演じることによる精神的な負担や心理的な消耗を防ぎ、「この会社ではこういう振る舞いをした方がいい」と自分を抑え込むような状況を克服できるのが、ベストセルフのアプローチなのだと改めて強く感じました。
自分の強みを発揮している状況を宣言し、それを受け入れてもらえる環境を作ることが、個人の力になるのだ…ということです。
しかもこれが、「わずか1時間」という初期の介入で明確な数字として結果が出たというのは非常に興味深いところです。
▽▽▽
一方、今回の研究は入社後6〜7ヶ月時点でのデータですし、初期のプロセストレーニング期間中の介入であるため、現場への配属後の動きについてはまだ触れられていません。
実際に配属された現場で、こうした個人の強みを見てくれるとは限らない上司に当たった場合などは、また効果が変わってくるかもしれません。期間や文化、上司のマネジメントスタイルを変えると結果がどう動くのかは、今後の課題としても気になるところです。
いずれにしても、初期の段階の集合研修として「自分らしさ(強みを含む)」にフォーカスを当てることは、組織が個人の強み活用を支援してくれているという実感を生みます。
「自分自身を大事にしていいんだ」というメッセージを受け取ることが、結果として顧客満足度の向上や生産性の向上、離職の低減に繋がるとしたら、これは新入社員研修に盛り込んでいくべき十分な理由となるのではないか、と思います。
実際、私が担当させていただいた強み介入のワークショップでも、人事担当の方から「他のワークショップに比べて圧倒的に受講生の評価が高い」というお声をかけていただくことが多々あります。
受講生の自己理解や自尊心、自己効力感の高まりが現場の空気からも見えているので、こうしたデータがさらに蓄積され、有用性が広く知れ渡っていくことで、これからの日本の新入社員教育やオンボーディングのあり方に、新しい風を吹き込むことができるのではないか。そんなことを強く思った次第です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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【編集後記】
◯今月のランニング:6km
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